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(4-1) 長浜~名古屋 [2016秋 湖北と明治村の旅]

11/8(火)長浜10:03→米原乗り換え→名古屋11:43

  長浜のビジネスホテルは朝食も格安です。480円ならパンとコーヒーくらいなのかと、恐る恐る1階ロビー横の朝食室へ。ここは朝食時間以外はカフェになっています。朝食のブッフェの内容は嬉しい誤算でした。ごはん、みそ汁、卵焼き、納豆 、青菜のお浸し、漬物など。食後のデザートは柿も食べやすくカットされて並んでいました。中年の女性が独り、厨房に立って賄い係です。ほかにはパン、コーヒーなども。コーヒーは持ち帰って部屋でゆっくりいただきました。

 長浜駅から米原までの列車に乗り込みました。そこでとんだハプニング! 列車の出発は特急「しらさぎ」の到着を待ってだったのですが、やがて向かいに滑り込んできたその「しらさぎ」をなにげなく見て、眼が点に。次女の夫の姿が、ほんの数秒だったのですがお婿さんも気がついたのか、「えっ?」みたいな顔。。。そして、お互いに合図する間もなく列車は動き、お別れ(笑)。そうなのです。あの「しらさぎ」に乗れば1時間で、次女一家の住む福井に行けたのですから・・・趣味優先の非情なおばあちゃんでございます(謝)。ところが、ちょうど越前ガニの解禁のころでしたから、次女夫婦は「おばあちゃん独りでこっそり越前ガニを食べに来たに違いない」って・・・ぶー(そこまで食いしん坊でないって)です。

 それにしても悪いことはできませんね。罰が当たったのか、この日は前日までの好天は一転し、曇天から雨が今にも降りそうです。JR名古屋駅から名鉄名古屋駅に移動して、コインロッカーを探したのですが空きがありません。近くで働いていたお掃除のおじさんに他にコインロッカーあるか尋ねたのですが、けんもほろろな応対でびっくり!「自分で探したらいいやら~」って(涙)今夜のホテルは駅の反対側で、そこまで預けに行くのは億劫です。仕方なく明治村までもっていく覚悟で、改札までエレベーター降りてゆくと、目の前にコインロッカーありました。また、行き先を確かめるために呼び止めた駅員さんも面倒くさそうな態度で、これまで回ってきた湖北の素朴な親切な人たちとの違いに愕然でした。

 犬山駅から明治村駅行きのバスに乗り換え、明治村の正面ゲートに着いたのはすでに1時半をまわっていました。この時勘違いがあり16:30の犬山駅行きのバスが閉園時間と思っていましたから、最後は。。。大汗。

一日見学しても全部を回るのは不可能ですから、旅に出る前にポイントは押さえてありました。まず、正門近くの売店で名物の熱々の コロッケを立ち食いしてから1丁目エリアへ。ゆるやかな「森の小道」の坂道を歩きます。

↓ 聖ヨハネ教会堂/重要文化財 旧所在地 京都市下京区河原町通五條
建設年代 明治40年(1907)

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↓ここの角度の屋根裏部屋的な 窓が特徴的で素敵です。札幌にもいくつか残っている明治の洋館の雰囲気がノスタルジックです。 

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 この日は特定の団体による催し物があり、内部は関係者だけしか入れないとのことでした。ここも対応が丁寧でなく 「申し訳ございませんが・・・」のひと言もなく憮然。。。

↓園内は樹木が多く、建物同士が目に触れないような配置になっています。

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↓ 西郷従道邸/重要文化財 旧所在地 東京都目黒区上目黒
建設年代 明治10年(1877)代

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時節柄、修学旅行や研修の生徒たちと一緒になりましたが、ここではガイドさんが 一緒に回ったので、そこそこ静かに見学できました。

↓応接室の暖炉は有田焼?

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↓2階半円形に張り出したベランダから先ほど訪れた聖ヨハネ教会が見えました。

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↓森鴎外・夏目漱石 住宅   旧所在地 東京都文京区千駄木町
建設年代 明治20年(1887)頃

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 明治の文豪ふたりが10年ほどの時期はずれながらも住んだことがあるという由緒ある住宅です。特に夏目漱石はここで『吾輩は猫である』を執筆したとのこと。縁側に回ってみたら偽物の猫が座っていました。赤い帽子の人形はたまたま一緒に写真を撮っていた一人旅の若い女性がそっと置いたものです。

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↓ ここから「偉人坂」を降りて2丁目に向かいました。

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2丁目の入り口は広い交差点のような広場になっていて、その角に

↓札幌電話交換局/重要文化財   旧所在地 札幌市大通 建設年代 明治31年(1898)

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 外壁の石についての説明はありませんが、札幌の石山軟石で造られたものと思います。半世紀前に結婚して札幌に住んだ当時は石山軟石の建物がまだ多く残っていたのですが、現在はほとんど見られなくなりました。残念です。2階の窓の下の胴蛇腹花紋は欧風で、無骨な石の建物の素敵なアクセントになっています。札幌郊外にも野外博物館の「北海道開拓の村」がありますが、開館は昭和58年とのことで、この電話局が明治村に移築された後だったのでしょう。貴重な文化財なので、北海道に残しておきたかったなというのが偽らざる心境です。

↓内部に陳列されていた 電話機のなかで、幼いころ実家で初めて設置された想い出の機種を発見!電話が鳴ると胸がどきどき(怖かったの)。気の小さな子供でした・・・。

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  2丁目の見学はこの電話局だけで終了。路面電車(京都市電)に乗って3丁目の品川灯台へ向かいました。

続きます~。 

 

 

 

 

 

 


タグ:明治村
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