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(5-1)チューリッヒ(ベルン) [2017冬の旅(パリとチューリッヒ)]

1/29(日)Zurich HBF10:02→Bern10:58

 今日は実質旅の最終日です。夕方からはコンサートなので、オペラに比べると軽い~と、列車で遠出をすることしました。しかし、スイスは狭い国でかつ交通が発達しています。1時間もかからずにベルンに到着しました。ベルンは5年前スイス・ロマネスクを巡ったときに立ち寄ったことがあり、ベルン美術館とパウル・クレー・センターは見学済みです。今回は中世のコレクションと開催中の「死の舞踏展」を目的にベルン歴史博物館訪れました。

↓チューリッヒ中央駅構内  ベルンまでのICは30分おきに出発します。自販機で切符を購入しましたが、往復約12000円!スイスフランの換算レートは私の旅の中では過去最高で、5年前の3割増し(涙)

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↓ベルン中央駅から旧市街へ

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↓スイスの古都ベルンの旧市街は世界遺産にも登録されています。メインのマルクト通りへはアーケードが連なるショッピング街になっています

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↓16世紀の彫像の立つ噴水がいくつか。

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↓日曜日でほとんどのお店は閉まっています。ケーキ屋さんのショーウィンドゥにベルンの熊さんタルト。 

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 観光のオフシーズンですが、中国人のファミリーの姿もちらほら。

↓時計台の広場付近の建物。屋根に雪がうっすらと見えますが、チューリッヒもベルンも雪はほとんど積もっていません。札幌と同じような北国の都市のように思っていましたが、降雪量は比較にならないくらい少ないようです。

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↓時計塔の広場から右折して、アーレ川のほうへ。

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↓食べ物屋さんが並ぶ界隈です 。帰途、この通りでランチしました。

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↓突き当りは連邦議会議事堂。Bundeshaus広場は子供たちのアイススケート 場になっていて、賑わっています。

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↓議事堂の横からアーレ川を眺められるテラスに出ます。西側(右)と

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↓東側(左)にこれから訪れる博物館が見えました。 

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↓橋を渡って正面がベルン歴史博物館です。

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↓中世の古城のような趣のある建物の門には狛犬ならぬ熊さん像が鎮座。 

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☆ベルン歴史博物館(初) 

↓門からのアプローチ

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チケットは高額です。アインシュタイン博物館も併設されていて、全部見ると2800円!(結局はアインシュタインはパスしたので勿体なかった 涙)荷物はすべてコインロッカーに入れるように言われたのですが、小銭が足りなくて困っていたら、地元の方らしいマダムが恵んでくれました(感謝!)。なお、カメラはフラッシュ無しでOKでした。

 まずは地下の中世部門から 。ベルンは中世の街として12世紀ごろから発展したのですが、ロマネスク関連のものは少ないです。

↓ 壁龕に刻まれたイエス像と柱頭彫刻(詳しいことは不明)

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↓思いがけずメロヴィング朝美術(ランゴバルド)の逸品に出会いました!楯の飾り金具。右は馬上の騎士、左は振り返る犬(または獅子)7世紀。青銅薄板に打刻し鍍金。19世紀に北イタリアのスタビオ近郊のランゴバルド族の墓から出土。騎士で10センチほどの小さなものですが、「おおっ!」と思わず声があがるほどのオーラを発して、ランゴバルド好きな私を呼んでいました(笑)。

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何処かで観たことがあると思ったら参考書『民族大移動期のヨーロッパ美術』の表紙を飾っていたものだったのです。

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↓しつこいようですが絵葉書です。

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 ↓ほかにもブロンズのバックル「獅子の穴のダニエル」6世紀中ごろや装飾品など。

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 そして、特別展の「死の舞踏展」へ。

↓ベルンの画家 Niklaus Manuel(1484~1530)の肖像画。説明によるとグラフィックアーティスト、作家、傭兵、政治家でもあったという今でいうマルチな才能の持ち主でした。中世から近世への過渡期において最も目立つスイス人のひとりとされています。

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 15世紀の終わりから16世紀にかけてのヨーロッパ世界はニュー・メディア(印刷)、アメリカ新大陸の発見など、新しい知性や思想が生まれた時代 でした。この時代のスイスを代表するニクラウス・マニュエルの傭兵から国民としての、またはアーティストから聖像破壊者としての軌跡を彼の人生や仕事を通して振り返るという展覧会のようです。スイスの歴史や地理的な立場など詳しくは知りませんが、現在のスイスの基礎となった時代を愛や暴力、死のエッセンスをちりばめた絵画、素描、木版、本など、ニクラウス・マニュエと彼の影響を受けた作品が展示されていました。テーマである「死の舞踏/TOTENTANZ(ドイツ語)」の壁画や絵画はフランスやドイツの教会や日本での特別展で観る機会はありましたが、このような視点からの展覧会は初めてでした。でも、英訳はあったものの言葉の壁は厚く、未消化のまま終わってしまいました・・・。

↓ ニクラウス・マニュエル派の「TOTENTANZ」背景がスイスらしいですね。

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↓同展の本 

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↓この絵本はベルンの熊さんの伝説 を描いたもの

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↓日本の展示室もあり、畳の部屋や

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↓根付のコレクションも 

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↓2階のホールからの旧市街方面の眺め

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続きます~。 

 

 

 

 


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