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(3)奈良(十輪院・今西家書院)~石山 [2015秋奈良・滋賀(ミュージアム巡り)]

9/15(火)

 今日も秋晴れの良い天気です。ただ昨日の疲れが残っていますので、朝は遅めに起床、朝食も9時ごろにとり10時にチェックアウト。荷物をホテルに預け、奈良の半日観光に出かけました。駅前から市内循環バスに乗り「田中町」で下車。十輪院へは昨日訪れた元興寺への道を辿り、手前から右折します。ほぼ20年前に一人旅で奈良を回ったことがあり、春日大社~志賀直哉旧居~十輪院と歩きました。ただ十輪院で観たはずの仏像の記憶が薄く、再訪することにしました。以前は土塀の続く狭い路を辿って訪問した覚えがあるのですが、やはり20年の歳月は近くにお洒落なカフェもできて、それなりに観光地らしい雰囲気。↓「フランツ・カフカ」というカフェ

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↓十輪院の南門をくぐるとすぐに本堂(鎌倉時代前期/国宝)

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↓軒が低く正面は広縁になった、開放感のあるお寺っぽくない印象の御堂です。

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↓早速ここのご本尊石仏龕を拝観させていただきました。中央に地蔵菩薩、左右に釈迦如来、弥勒菩薩の浮き彫り。花崗岩の切り石で造られています。写真はもちろん禁止なので、サイトから小さな画像を拝借しました。荒くなりましたのでお地蔵様の顔を別に添付。

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素朴で優しいかすかな微笑み・・・好みにドンぴしゃなのに何故記憶になかったのでしょうか?謎です。

↓小さな寺院に似合った小さな庭園ですが、石塔やここでは満開だった萩の花やすすきが初秋の古都の趣でした。

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 十輪院から次の目的である今西家書院へは車が1台ようやく通れるくらいの狭い道を行きました。そのせいか道に迷って、人に尋ねながら少々遠回りで到着。

↓今西家書院(室町時代初期の書院造)正面。民間所有(春鹿酒造)の建造物として、昭和12年に国宝に指定されましたが、その後の文化財保護法の施行に伴い、昭和25(1950)年、重要文化財となっています。

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↓入口は正面右の門から

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 見学者は先ほど訪れた十輪院同様、私独りでした。東大寺や奈良公園の付近は外国人を含めた観光客でごった返していますが、ちょっと観光ルートをはずれると、めっきり静かな南都奈良の散策を楽しめます。

↓ガイドさんの案内で書院造の内部を見学。写真もOKです。

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↓庭にキジバトが飛来

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↓茶室

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↓網代天井

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↓喫茶室で休憩

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元来た道を戻る途中にあった町家風イタリアレストランでランチ。お味は普通でしたが、カウンターだったので、シェフとお喋り、ワインも飲んで心地良い時間を過ごしました。

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 バスでホテルに戻り、荷物をピックアップして、奈良から京都経由で石山へ。石山駅に着いた頃にお天気が崩れてきました。石山駅はエスカレーターも完備なので、駅から100Mほどのホテルに楽に移動できました。ホテルはビジネスホテルタイプの簡素な宿です。レイアホテル大津石山に2泊しました。

↓狭いけれどセミダブルベットのシングルルームで、上階にコインランドリーも有り便利。京都にも近いですし、滋賀を中心に回るには穴場でしょう。1泊5000円(無料朝食付き)くらいでした。

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夕食はフロントのおすすめレストランから駅近くの居酒屋さんへ。庶民的な居酒屋さんがほとんどですが、そのなかでは女一人でもあまり違和感の無さそうなお店を選びました。サラダ、鱧の洗い、おでんなど。ここも味は普通でしたが、カウンターでいただいたので、ご主人とお喋り。なんと!洞爺湖温泉旅館で料理修業したそうで、奥さんは道産子とのこと。北海道のお客さんは滅多に来ないそうで、懐かしがっていただきました。

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駅に向かって右にバスターミナルがあり、ここからミホ・ミュージアムに行くバスが出ますので、乗り場と時間を確認してホテルに戻りました。夜にはとうとう雨になりました。当初は湖南の十一面観音巡り数か所を予定していたのですが、出発前にお寺に連絡を入れてもほとんど通じず、出ても今は見学できないとかの返事ではどうすることもできません。悪天候ではハイキングがてらという訳にも行きませんので、計画を変更してミホ・ミュージアムの後は琵琶湖畔東に位置する守山の佐川美術館を訪れることに決定。お天気の回復を願いつつ就寝。


(2)奈良(白毫寺、新薬師寺、元興寺、文殊院) [2015秋奈良・滋賀(ミュージアム巡り)]

9/14(月)

 種類の豊富なビュッフェの美味しい朝ごはんをお腹いっぱいいただいて、奈良駅前からバスで白毫寺へ。青空の広がる良い天気。

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 白毫寺のバス停で数人下車。そのグループの方たちの後について行きました。「えっ!ここが近道?」と思うような民家の横に近道の看板。

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ここから林に入ると右手に墓地が200Mほど続きます。民家の並ぶ道をまっすぐ300Mほどで白毫寺の参道が見えてきます。この辺りは「山の辺の道」の一部とは知りませんでした。

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↓大友家持の歌碑「おみなえし(女郎花) 秋萩しのぎ さ雄鹿の 露別け鳴かむ 高円の野ぞ」万葉集巻20-4297も、道端に板が古くなって打ち捨てられそう・・・。

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さて、参道の下から見上げて、あれれ!9月中旬と聞いていた萩の花が・・・がっかりしてよろよろ登って、上の受付で尋ねましたら「お彼岸にならなければ咲きまへん」とのこと。1週間早かったのです(涙)

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↓曼珠沙華

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↓境内の日当たりの良いところでは少し咲いていました。後方は本堂。白毫寺は花の寺としても有名で、萩のほか五色椿(4月上旬から中旬)も知られています(関西花の寺第18番札所)。

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↓背後に高円山をひかえた白毫寺から大和の眺め

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↓ご朱印と版画の絵葉書。

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宝蔵で白毫寺由来の阿弥陀如来坐像、地蔵菩薩立像など、平安から鎌倉期製作の仏像を見学後、↓下に見える山門からさらに参道を下り

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 ↓元来た道の途中から右折し新薬師寺へ向かいました。

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道は複雑で、途中何度も人に尋ねて、ようやく新薬師寺へ。のんびり歩いて30分ほど。新薬師寺から歩くよりは先に白毫寺に行った方が下りになるので、良かったのではないかしら。新薬師寺は昨年4月5日の「おたいまつ」に来ていましたが、あの時は夜で人出も多かったので、今回は観光客も少なく、じっくり薬師如来坐像や十二神将立像にお参りができました。↓ご朱印もいただきました。

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↓昨年は気が付かなかった會津八一歌碑「ちかづきてあふぎみれども みほとけのみそなはすどもあらぬさびしさ」この歌は香薬師さまと呼ばれた小さな薬師如来立像(飛鳥時代)を詠んだ歌だそうですが、昭和時代に寺外に持ち出され、今も行方不明とのこと。

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↓こちらの歌碑は南門外に掲げられていました。藤原広嗣「この花の一節(ひとよ)のうちに、百種(ももくさ)の、言(こと)ぞ隠れる、おほろかにすな」万葉集巻8-1456 この花とは桜のことで、春の相聞歌。

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↓近くに入江泰吉記念写真美術館があり、寄ってみましたが月曜日で休館でした。残念。

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 ここから高畑町のバス停までてくてく歩き、奈良の中心街へ戻り、元興寺(がんごうじ)へ。このお寺は初訪問です。ならまちに近いので、散策の途中に寄ってみようかなという程度の気持ちでしたが、このお寺はなかなか立派な寺歴があります。あの飛鳥寺が平城遷都に伴って718年に官大寺として新築移転されたのが元興寺なのです。現在は寺の伽藍は大半はならまちの下に埋もれてしまっていますので、残った元興寺極楽坊の見学をしました。あまり広いとは言えない境内ですが、花があちこちに咲き乱れ、石仏が並ぶすがすがしくも心温まるお寺です。

↓重文の東門から入ります

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↓極楽坊本堂(国宝)

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↓極楽坊本堂の裏手の禅堂(国宝)。ここは萩が満開です。

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↓桔梗

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↓禅堂に向かって並ぶ石仏たちの間に桔梗や月見草の花が可憐です。

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↓奥に進みますと木陰にも石塔、石仏が散見されます

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↓秋明菊と石仏

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 朝ごはんを沢山食べたので、あまりお腹がすきません。元興寺から北のならまち大通りにある樫舎という和菓子屋さんにより、干菓子のおみやげを買っていましたら、美味しそうなかき氷を2階の喫茶室に運んでいくのが目に入りました。2階の席を勧められましたが、古い木の階段が急で怖かったので、1階脇の小上りで↓かき氷(ボリュームたっぷり)をいただきました。

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おみやげの薄焼きせんべいもとても美味しかったので、次回奈良に来たときはまた寄ってみましょう。さて、今日はもうひとつ目的のお寺が残っています。いったんホテルに戻り、途中で買ってきた中谷堂のお餅をランチ代わりにいただいて休憩後、奈良駅から桜井駅へ。

桜井駅からはバスの便が悪いので、往復タクシーで安倍文殊院を訪れました。健脚の方は歩ける距離です。私はここまで7Kくらいは歩いて疲れてましたので楽することにしました。ここ文殊院には東京の国宝展で観た善財童子をはじめ鎌倉時代(1203年)の仏師快慶による仏像が何点もあるとのことで、楽しみにしていました。すでに4時を回っていましたので、最終入場者だったようです。参拝のルートも決まっていて「まず、金閣浮御堂でお参りを」と急かされました。「七まいり」といって厄災を払うために↓のお堂の回廊を7回まわり7枚のお札を収めるのです。無宗教の私にとってはやや苦痛でしたが、ここはこのお寺の作法と心得て観念して回りました。

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↓御堂の浮かぶ文殊池の近くには史跡の文殊院古墳(645年頃)があります。

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↓内部にも入ってみました。花崗岩の切り石仕上げは当時のまま、天井は一枚岩で仕上げられています。

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↓そしてようやく本堂へ。

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靴を脱いで上がりますと、まずお座敷で薄茶とお菓子をいただきます。そしてようやく本堂の渡海文殊菩薩群像にお詣りできます。645年安倍一族発祥の地に創建された古い寺院は奈良時代の遣唐使であった安倍仲麻呂や平安時代の大陰陽師だった安倍清明が出生したところで、ご祈祷の寺として守られてきました。その御本尊は中央の大きな獅子に乗った文殊菩薩像です。像高7Mのパワフルで気高いお姿に打たれました。その足元で善財童子の振り返りながら無心に祈る姿も可愛らしく、お互いに引き立てあって素晴らしい。↓文殊院のHPから拝借しました。

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↓ご朱印も戴いて、コース終了。

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↓文殊院はコスモスのお寺として売り出し中?まだ咲き始めたばかりでした。

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お休みどころのそばにタクシーを呼ぶ専用電話もあり便利、まもなく迎えに来たタクシーで桜井駅へ。電車に乗り換え奈良駅へ帰りました。夕食はホテルの和食堂で、大和鍋という豆乳仕立てのスープに大和芋のから揚げのはいったお鍋をいただきました。

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(1)札幌~奈良(白鳳展) [2015秋奈良・滋賀(ミュージアム巡り)]

9/13(日) 千歳10:55→関空13:05

 ここ3年ほどは秋に関西を旅することが多くなっていました。それは気候的なこともありますが「正倉院展」の見学にも合わせたスケジユールでした。今年は奈良国立博物館の開館120周年の特別展「白鳳/花開く仏教美術」があり、この時期に関西を回り、帰途東京でイギリスのロイヤル・オペラ日本公演を観るという旅になりました。

日程は札幌~奈良(2)~石山(2)~東京(3)~札幌の7泊8日

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 関空からは奈良行きのバスでJR奈良駅へ。駅に隣接する日航奈良ホテルにチェックイン。「白鳳展」のチケット(1500円)が2泊したので2枚付いたリーズナブルな料金でした。部屋に荷物を置いて早速、奈良博へ。正倉院展の時と違って人影まばら、のんびりと草をはむ鹿さん。

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★「白鳳展~花ひらく仏教美術」のチケットとカタログ

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カタログは重いので、札幌の自宅まで送ってもらいました。展示は予想通り素晴らしいもので、3時半くらいから7時の閉館近くまで頑張って鑑賞しました。

 「白鳳」とは7世紀半ばから平城遷都の710年までの時代をさし、建築史、美術史、考古学などで用いられてきた言葉です。飛鳥時代と奈良時代の間に独自の個性を持つ時代として捉えられています。白鳳時代を代表する寺院として有名なのが平城の薬師寺です。上のカタログの表紙にもあるのが現在は改修中の東塔(創世期の建造物)の水煙です。2013秋に薬師寺境内での特別展で、すでに観ていました。「もう、逢えないと思っていたのよ~」と飛天たちに再会できてハッピーな私でした。

展示順に<白鳳の幕開け>セクションから

↓「三尊塼仏せんぶつ」川原寺裏山遺跡出土(奈良明日香村教育委員会収蔵)絵葉書/塼仏せんぶつとはかつて中国の北魏から唐代に発展し、日本には7世紀に伝来し、発達したレリーフ形式の仏像のこと。

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他には大阪・観心寺「観音菩薩立像」白鳳時代7世紀や同じく大阪・野中寺の「弥勒菩薩半跏像」天智天皇5年(666)など。両寺ともいつか訪れてみたいところです。

次は<山田寺の創建>です。15.6年前に飛鳥を旅したことがあり、山田寺の遺構の近くまで行ったのですが、ガイドさんがもう何も残っていないからと寄ってくれなかったので、少々心残りでした。今はGoogle Mapで鳥のように俯瞰できます。山田寺は大化の改新の始まりの乙巳の変の立役者のひとり蘇我倉山田石川麻呂が飛鳥の地に建立した寺院です。山田寺の仏像は罹災で頭部だけ残り、現在は興福寺に収蔵されています。当時は荘厳であったという山田寺の遺構からは多くの塼仏や瓦、金工品などが発掘されました。

↓山田寺の仏頭(白鳳時代天武天皇14年685)奈良興福寺収蔵

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そして<金銅仏の諸相Ⅰ>へ。ここでは白鳳美術の魅力とされ、全国各地に所在している金銅仏のうち東京・深大寺の「釈迦如来倚像(白鳳時代7世紀)、兵庫・鶴林寺の観音菩薩立像など10体。

↓滋賀・真光寺の「観音菩薩立像」(白鳳から奈良時代7~8世紀)素朴で愛らしい小さな仏様。像高27.8

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<薬師寺の創建>セクションでは水煙や聖観音菩薩立像などに続いて、<金銅仏の諸相Ⅱ>では大阪・観心寺の「菩薩半跏像」、鳥取・大山寺の「菩薩立像」など、インドや中国、朝鮮半島からもたらされ、日本独特の様式をとげた数多くの仏像が22体!

そして<法隆寺の白鳳>へ。法隆寺は飛鳥美術の宝庫として有名ですが、白鳳時代の金銅仏、金工品、染織品も多数収蔵されています。観音菩薩立像(夢違観音)をはじめ、他を圧するような存在感を見せる法隆寺の仏像たち。でも私の好みはやはり飛天たち。

↓金銅天蓋付属品のうち「縦笛の飛天」(絵葉書)

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<法隆寺金堂壁画と大型多尊塼仏>では昭和24年に焼損した壁画を精巧な模写によってよみがえった姿を見ることができました。切手にもなった美しいインド風の菩薩の顔がなぜか昭和の時代も想わせ、ノスタルジック。切手発行は1951年とのこと。

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このへんから疲労感が強く、休み休み喘ぎながらも<白鳳の工芸>~<押出仏・塑像と塼仏>~<藤原京の造営>~<古墳の終焉>と巡り、終了。

博物館前からバスでホテルに戻りました。初日から頑張りましたから夕食はホテル内の中華レストランで済ませました。宿泊客は割引があるのでコースで。↓写真は前菜だけ

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