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2014初夏の旅(22-2)ドブロヴニク&(23.24)帰国 [2014初夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]

~続きです。

 ランチはドブロヴニクでは最も高級なレストランとして知られているNautikaナウティカ(当夜のディナーはここ)の同系列のレストランProtoプロトで。

↓ ストン産の生牡蠣、ムール貝、蛸のサラダ、烏賊のフリット、パスタなど。数人でシェアしていただくのはツアーの食事ではなかったことなので、余計に美味しく感じました。生牡蠣はひとり2個だったので、物足りなかったのですが、長旅の疲労もあり、お腹のことを考えて自重しました。

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 ランチの後はフリータイムです。城壁の上を歩くことにして友人と二人でドミニコ会修道院に寄ってから遊歩道の入り口へ。

↓ドミニコ修道院は少し覗いただけ。15世紀の建築ですがロマネスク様式も取り入れられています。

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↓民族衣装のおばさんが刺繍の実演販売をしていました。刺繍やレースなどの小物は好きですし、軽いので買うつもりだったのですが、城壁の散歩が終わってから寄ってみると、すでに居なくなってて・・・残念。

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 さて城壁の東側からチケットを買って、歩き始めました。旧市街を取り囲む城壁は全長2K弱、普通に歩けば30分といったところですが、暑いので休み休み(カフェもあり)のんびり歩きました。素晴らしいお天気に恵まれ、青い空と海、オレンジ色の瓦屋根の美しい対比に感嘆の声を上げながら・・・でも城壁は平らな道ではなく、高低差があり、階段を登るところは本当にきつかったです。最後はよろよろ状態でした。

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 友人も「疲れたわ~!」と大層辛そうでしたので、このまま私とホテルに戻るのかと思いましたが、旧市街に降りると「お土産買う~!」と急に元気になって行ってしまいました(笑)私はエネルギーゼロ、倒れる寸前の状態でホテルに戻りました。夕食までベットで横になって休息。

 夕食のレストランNautikaナウティカは城壁外の西側なので、バスで行きました。ロケーションが素晴らしく、オープン・エアーのテーブル席から城壁や要塞と夕暮れの海が絵のようでした。

↓ 右はレストランナウティカ

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↓ ムール貝のブザラ(白ワイン蒸し)、ロブスターのグリル、デザートはドブロヴニク名物のロジャッタでした。ムール貝はランチで食べたほうが美味しかったですし、ロブスターも身がパサパサして×でした。それでもドブロヴニクの景色を眺めながら、ツアー最後のディナーは賑やかに楽しく終わりました。

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 食後は夜の旧市街を散策される方もいましたが、私はバスで戻りました。

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 明日はいよいよ帰国です。荷物を整理して就寝。

6/23(月)

 最後の贅沢な朝食を名残惜しい気持ちでいただきました。そして、バスで空港へ向かう途中、おまけの観光はビューポイントでの写真ストップ。目にも焼き付けて・・・さようならドブロヴニク。

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 ドブロヴニク11:00→ヘルシンキ15:00/17:15→

6/24(火)

 成田8:55....羽田11:30→千歳13:05

 飛行機を順調に乗り継いで成田到着。お世話になった添乗員さんやグループの方たちとお別れし、同行の友人は東京後泊なので、札幌での再会を約束してバイバイ。羽田乗り換えで札幌の我が家に24日ぶりに戻りました。私の留守中の札幌は低温続きだったようですが、帰着した前日くらいから晴天、高温の夏らしい日々がほとんどです(9/3現在進行中)。またもや、家人にてるてる坊主のお母さんが帰ってきたら良い天気になると思っていた・・・と言われました。

 いつもの一人旅と違って面食らう場面もかなりあったのですが、そこは「旅は楽しまなければ~」というお得意のポジティブな考えで、見事?切り抜けられたように思います。友人とは帰国後もコンサートや食事を一緒に楽しみ、仲良くさせていただいています。

 音楽や美術に加えて未知な国の訪問は印象深い旅になりました。西欧にない魅力を持った東欧の旅は続けてみたいものですが、さて次回はどうなるでしょう。

 今日は久しぶりにアクセス解析のチェックをしました。(1)~(4)までの総計は9/3の時点で110万!という驚異的な数字になっていました。ブログを始めたのは2005年12月からなので、9年近く経過しています。最近は奈良のお寺の名前から検索して来られる方も多いようです。

 これからは日本の旅が主になりますが、秋は五島列島、東京、奈良と福井など忙しくなりそうです。最近の同年輩の旅仲間たちの合言葉「行けるときに行かなくては~!」ですね。(終)


2014初夏の旅(22-1)ドブロヴニク [2014初夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]

6/22(日) 終日ドブロヴニクの観光

 昨夕と同じテラスで、朝日を浴びて輝く旧市街を眺めながらいただきました。爽やかな潮風も心地よく、ふと隣のテーブルを見ると朝からシャンパンなど飲んでいるツアーのお仲間が・・・今日の観光はハードなのにだいじょうぶなのかしら?と目が点(笑)。

 さて、いよいよ「アドリア海の真珠」と呼ばれるドブロブニクの旧市街の観光へ。クロアチアといえばドブロヴニクの写真がすぐ目に浮かぶほど、城壁に囲まれたオレンジ色で統一された屋根が並ぶ美しい旧市街です。徒歩で緩やかな坂道を下り

↓紫色のブーゲンビリアが綺麗~!

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 ↓旧市街がだんだん近づいてきます。

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 ↓東のプロチェ門から入りました。

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 ↓まずは旧港からのミニクルーズです。かってはこの小さな港に世界各地を結ぶ交易船でにぎわい、ドブロブニクの繁栄を支えていました。

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↓港にはもれなく猫がいます

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↓ 20人乗りくらいの小さなグラスボートで、出航。聖イヴァン要塞(現在は海洋博物館)が見えてきます。

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↓港から700mほどでロクルム島ですが、島には上陸しないで周りを航行しただけでした。ロクルム島の歴史は古く十字軍の時代からの伝説が残っています。島には受胎告知教会とベネディクト修道院の跡があるとのことで、ぜひ見たかったのですが・・・写真だけで我慢でした。

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↓ロクルム島は3つの美しいビーチがあり、ヌーディストビーチがあることでも有名だそうです。3枚目の写真に注目してください(笑)

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↓ 帆船の向こうに宿泊したホテルが見えます。

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↓ ロクロム島とドブロヴニク東側(ホテルの方)の間には高級クルーズ船が停泊していました。大型の客船は郊外の港に停泊しますが中型以下の船はこの風光明媚な絶好の場所が与えられています。小型ボートに乗って旧市街の観光へ行くのです。

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 1時間ほどのミニクルーズも終わり、旧市街に戻りました。ルジャ広場と目抜き通りのプラツァ通りを中心にあちこち見て回りました。

↓青空市場

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↓ルジャ広場で。右は聖ヴラホ教会

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↓鸚鵡を人の手に乗せて稼ぐ人の後ろでおもちゃのピストルで遊ぶ男の子・・・。

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↓ 旅のお供はわんちゃん。顔まで似ている?

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↓右に旧総督邸

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↓旧総督邸のパティオと柱頭

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↓プラツァ通り

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↓この通りの左右に旧市街独特の路地が続きます。この時写真に夢中になってツアーからはぐれてしまいました(汗)。

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 でも小さいエリアですから、どこかで会えるはずと思っていました。やはり、突き当りの大噴水のところで無事合流できました。

↓オノフリの大噴水

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↓大噴水の近くにフランシスコ会修道院があり見学しました。

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 ☆フランシスコ会修道院

14~15世紀に建てられたのですが、回廊はロマネスク様式です。14世紀の古い薬局が現存しています。その小さな博物館の壁には内戦時の銃弾の跡が残っていました。

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↓裏通りを歩いてましたらポスターが貼ってあり、この通りも1991年にユーゴスラヴィア連邦軍の攻撃を受けたそうです。同じ通りとは思えないほどドブロヴニクの町の人々の努力で修復された美しい街路です。

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☆聖母被昇天大聖堂

 創建されたのは7世紀ごろですが、現在の教会は1667年の大地震の後に改築されたものです。主祭壇の奥にはティツィアーノの「聖母被昇天」の祭壇画があります。ヴェネチアのフラーリ教会で、同主題のものを観た記憶があります。フラーリの大胆なバロック感に比べると控えめな描写ですが、良いものが見れました。横の小部屋にもいくつかの宝物など。ラファエロの聖母子は工房作でしょう。ガイドさんは本物と言い張りましたが・・・。

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 そして再び東のプロチェ門に戻り、ロープウェイの乗り場まで。歩く人とタクシー組に分かれましたが、私は当然(笑)タクシー。そして、ロープウェイでスルジ山山頂へ行き素晴らしい景観を楽しみました。カフェでフレッシュ・オレンジジュースを飲みながら、汗をぬぐいました。旅の間ではこの日が一番暑かったかもしれませんが、この青空ですから・・・幸運でした。

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 下りは歩いて家々の間の階段を抜けて、意外に早く降りられました。プロチェ門の近くのヨットハーバーと海水浴場は大賑わい。

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 この日のランチはフリーですが、添乗員さんが希望者には案内してくれるそうなので、一緒に行きました。ワインに詳しい方なのできっと美味しいところよね~と。裏通りのシーフード・レストランでのランチは期待にたがわず、特に近辺で養殖されている牡蠣は最高でした。

続きます~。




2014初夏の旅(21)スプリット~モスタール~ドブロヴニク [2014初夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]

6/21(土)

 北海道感覚では6月は初夏なので、旅のタイトルをそう決めたのですが、クロアチアは東欧といえどもアドリア海に面したダルマチア地方は南欧です。この日もパーフェクトな夏のお天気でした。

 スプリットから南下し、いったん国境を越えてボスニア・ヘルツェゴヴィナのモスタールMostarへ。朝8時に出発し、懸念された入国審査も短時間で済みましたが、モスタールの町に着いたのはすでに正午を回っていました。旅もここまではボスニア紛争の爪痕はほとんど目にすることもなくきましたが、国境を越えて間もなく、次第に破壊され、打ち捨てられた廃屋があちこちに目立つようになり、モスタールの町に入るとそれが急激に増えてきました。1980年にチトー大統領が死去した後の内戦が物語る凄まじく、執拗な爆撃の傷跡・・・しかし、私はどうしてもそれらにカメラを向ける気にはなれませんでした。紛争が終結してからまだ10年ほどしかたっていませんが、この町では爆撃を受けた家々の修復を急ぐ気配はあまりないようです。悲惨な過去の記憶をとどめたい、その気持ちは理解できますが、それが一方では観光の対象にもなっているのが現実ではないでしょうか。。。

 モスタールの町はネトレヴァ川の畔にあり、15世紀後半にオスマン帝国の支配下にあった歴史を持ち、今もその面影を色濃く残しています。川を挟んで東側がイスラム居住区、西側がクロアチア人居住区と別れ、それを象徴するようにモスクとカトリック教会が建てられています。

 ↓ ランチに寄ったのは西側のエリアのレストラン。テラスから眺めたネトレヴァ川の支流にかかる橋

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↓ レストランDEL RIO MOSTARでのランチはサラダ、チェヴァビ(自家製ソーセージ)、ケーキ。写真では何の変哲もない感じですが、これが田舎風の素朴な味で、新鮮な野菜もGOOD!でした。

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↓レストランからは徒歩での観光

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↓ クロアチア人の経営でしょうか、テーブルクロスもネクタイ風にセットされてます。

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↓ カソリック教会周辺

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↓世界遺産のスターリ・モストに近くなると、土産物屋やレストランが軒を並べ賑やかです。

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 ネトレヴァ川に架かるモスタールの象徴である橋が「スターリ・モスト」です。この美しいアーチ形の石橋は16世紀にトルコ人の建築家によって設計、建造されましたが、ボスニア内戦時の1993年にクロアチア軍によって爆破されたのです。しかし翌年ユネスコの再建の呼びかけで復興、10年後の2004年にオリジナルの姿に復元されました。

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↓ 橋の中ほどから誰かダイビングするのかと、見守る人々・・・でも素人の遊びではなく、お金をもらったら、飛ぶプロなのです。

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↓ 馬が足を滑らさないようにつくられた橋の往来部分(カーブで坂になってます)も復元。雨が降ったら人間でも滑りそうです。

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↓ 旧市街らしい石畳は歩きにくいけれど素敵です。

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↓ 橋のトップではダイビングのお兄さんが商談中?。

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↓ 橋の上から東側のイスラム居住区を見ると、モスクのミナレットが林立しています。

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↓ 橋を降りて、トルコ風の旧市街を散策

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↓ 川を挟んだ西側の眺め。

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↓ モスク(コスキ・メフメット・パシナ・ジャーミヤ)の前でフリータイムは終了。

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 橋のたもとのお土産屋さんの奥にビデオのコーナーがあり、紛争の歴史と共にスターリ・モストのたどった運命や修復の様子などを見ることができました。セメントを使わないで仕上げた建築技術の高さに敬服しつつ、川から爆破され落ちた石の欠片を拾い上げ、そのオリジナルに忠実に再建されたのです。再び、決して橋が壊されることのないように、民族や宗教が違っても良き隣人として平和に暮らしていけますようにと祈りつつ・・・モスタールを後にしました。

 国境の町は免税のスーパーがあり、ショッピングとトイレタイム。近隣の町や村からの車やツーリストのバスが並んでいましたが、そのバスの数台が日本からの団体御用達だったのが驚きでした。再び、クロアチアに入国し、アドリア海に沿って南下。美しい海岸風景に癒されながら、最後の訪問地ドブロヴニクへ。

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↓ バスの車窓から。塩やカキの養殖で有名なストンの近く。

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 ドブロヴニクの宿は旧市街から徒歩10分くらいのGrand Villa Argentina Hotel(2泊)でした。

↓ ロビー階からの眺め。張り出した屋根の下はオープンエアーのレストラン。

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↓ ホテルの旧館の玄関(閉鎖)がクラッシク。

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 ↓さすが5☆!素敵なお部屋でした。眺めは旧市街は見えませんが、庭園の糸杉の向こうにロタムル島が目の前。

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 夕食はホテルのレストランで。夕暮れ迫る旧市街を眺めながら至福の時・・・。

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 チキンスープ、サーモンフィレ プロヴァンス風オリーブサルサ、レモンタルト。さすが、洗練されたお味で満足、満腹で、部屋に戻りました。

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 ところが夜中に間違い電話がかかり、睡眠不足に。明日も暑そうですが最後の観光ですから、何とか頑張りましょう~。


2014初夏の旅(20-2)スプリット(トロギール) [2014初夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]

~続きです。

 さて、海辺でのランチも終わり、西へ20KほどのトロギールTrogirへ。トロギールはスプリット同様故郷を追われたサロナの人々によって築かれた町です。周りを城壁で囲まれた小さな島に教会や歴史的建造物が残された旧市街が見所です。バスは本土側に駐車、私たちは橋を渡って島に入りました。

 ↓緑の並木道を越えたところのレストランはグラスを並べたオシャレなディスプレイ。でも「いらっしゃいませ~」と言ってこのグラスにワインを注がれるのは嫌かも(笑)

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↓旧市街の狭い通りには魚屋やレストランが並びます。メニューは4か国語。

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↓ そして海岸通りに出ました。東方向に歩いていきます。

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↓西側はカメルルンゴの砦

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↓大きなヨットの向こうはチオヴォ島です。

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↓ 海岸通りもレストランやカフェが並んでいます。

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↓南門からまた迷路のような路地へ入っていきます。

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↓ 聖ニコラ修道院の小さなファサード。

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↓まもなくイヴァン・パヴァオ・ドゥルギ広場に到ります。

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↓広場に面して右に聖ロヴロ大聖堂が建っています。

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☆聖ロヴロ大聖堂(世界遺産)

 建築が始まったのは13世紀初頭で、完成したのは17世紀。それで、ロマネスク様式からバロック様式まで組み合わされています。観光客が多く入場制限がありました。午後遅くになれば空くと思いフリータイムを待ってから見学しました。

↓ ロッジアから入ると正面の扉口はロマネスク様式で、初めは1240年に彫刻師ラドヴァンが作成。その後14世紀にほかの彫刻師によって完成されました。

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↓ タンパンは「イエスの降誕」、ヴシュールに「イエスの生涯」が細やかに表現されています。破風のトップはトロギールの殉教者聖ロヴレです。

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↓持物が殉教のしるしの格子型の鉄灸?

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↓扉口左右にアダムとイヴの像

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↓側柱に刻まれた動物や植物

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↓アダムの足もとにドラゴンを制圧するライオン

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↓外壁にも興味深いレリーフや窓の彫刻があります。下は「淫乱の罪」両足をドラゴンに噛まれて、股裂きの刑・・・。

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↓ こちらは「徳・貞節」仲良く水を飲むペアのライオン?尻尾がちぎれてます。

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↓ 西側ロッジアの外壁に「神の子羊」

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↓西側、ロッジアの隣の薔薇窓(洗礼堂の)

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↓ 内部は三身廊に3つの半円後陣。天蓋を持つ主祭壇(チボリウム)は14世紀の初め。

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↓説教壇も14世紀の初め

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↓大聖堂の向かいに時計塔とロッジアがあり

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↓ ロッジアでの男声コーラス。歌う喜びにあふれた演奏に聞き惚れました。

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↓ ロッジアから眺めた聖ロヴロ大聖堂。

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↓ 広場のカフェで集合時間までひと休み。またまた生絞りオレンジジュースで、のどを潤しました。

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↓帰りは北門から出て、バスでスプリットに戻りました。

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↓ 夕食は昼食とは別の海辺のレストランKadenaで。シックな内装にワインの棚。

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↓カプレーゼサラダ、シーフード・グリルライス、ホワイトチョコのクリーム/ベリーソース添えをお店に合わせたちょっぴり高級なワインを添乗員さんに選んでいただいて。

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↓ 結婚式を終えたカップルとファミリー。皆で祝福と笑顔の交流がありました。

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↓ 紅い夏の花ノウゼンカズラと青い海…夕暮れのスピリットの町を眺めながらホテルに戻りました。

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 明日はいよいよ最後の宿泊地ドブロヴニクです。荷物をまとめ早めに就寝。


2014初夏の旅(20-1)スプリット(トロギール) [2014初夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]

6/20(金)

 スプリットの宿は高級ビジネスホテルタイプですが、宿泊しているのはほとんどが観光客。日本からのツアーの方たちも多勢でした。コーヒーはマシンタイプですが、品数も多く、大好きな果物もいろいろといただけました。

 さて、今日も青空の広がる夏の一日でした。午前中はスプリットのローマ遺跡、午後はトロギールの観光をしました。スプリットの港にはイタリア往復の大型のフェリーなどが停泊しています。何度かアンコーナの丘からクロアチア行のフェリーを憧れの眼で眺めたことがありました。フェリーではないけれど、こうして来ることができました。

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 その港に面した旧市街の入り口でローマ遺跡の復元図を見ながら、現地ガイドさんの説明を聞きました。

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 スプリットは解放奴隷の子からローマ皇帝(在位284~305)にまでのしあがったディオクレティアヌスが退位後に過ごした海辺の町であり、皇帝の宮殿がローマ遺跡として残されています。ディオクレティアヌス宮殿は昔は海に面していましたが、今は数百メートル埋め立てられカフェなどが並んでいます。その南側の「銅の門」から入場し、地下宮殿へ。

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 ローマ帝国が東西に分裂し、西ローマ帝国が滅びると、いつしかこの宮殿も廃墟と化し、7世紀以降のスラブ人の南下で追われたサロナ(現在のソリン、スプリットの近郊)の人々が住みつくようになりました。長年に渡る彼らの生活の場と化した宮殿はごみの堆積物で埋まり、近年の発掘調査でようやく、その本来の姿を取り戻したのです。

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 地上に出ますと、コリント式列柱の並ぶ中庭に、神殿跡の洗礼堂、大聖堂と鐘楼などがあります。

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↓東の「銀の門」の外は市場が並んでいます。

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 ↓北側に出ますとアルミア教会の塔が見えましたが、遠くから眺めただけ。

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↓北の「金の門」

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↓ 元の十字路の広場に戻り、ここでフリータイム。可愛いマリーンルックのお店で孫息子にTシャツを購入したり

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 そして、ツアーでは大聖堂には入らなかったので、

☆スプリット大聖堂

 もとはディオクレティアヌス帝の霊廟のあった場所に4~7世紀に建てられた八角形の大聖堂とロマネスク様式の鐘楼があります。

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 ↓鐘楼には上らずに中へ。大聖堂にしては狭い空間ですが、8本のコリント式の円柱にドーム天井や説教壇など見学。

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↓ ロマネスク~ゴシック期の木製の扉は新約聖書28の場面が彫られています。人の出入りが激しく、ようやくこれだけ撮りました。

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↓いったん外に出てから、地下聖堂へ。別料金のせいか誰もいなくて友人も怖がるので、すぐ退出。私は慣れていますが。

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 暑いのでしぼりたてのオレンジジュースを飲んだり、休んでいるうちにタイムアウト。洗礼堂も観れませんでした。

↓ ランチはシーサイドのレストランAdriatic Grasoにて。

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↓ リボンをかけた椅子の並ぶテーブルはお祝い事などの特別席のようです。

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↓アドリア海に浮かぶヨットを眺めながら

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↓パンとリェット、白エビのリゾット、白身魚の包焼き「ファルクシャ」、未完成のシュトゥルーデルなど。ここはスプリットでも高級レストランのようで、洗練された海辺のグルメを愉しみました。

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 続きます~。


2014初夏の旅(19-2)ザダール~シベニック~スプリット [2014初夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]

~続きです。

↓  ザダールの考古学博物館の前にいた可愛らしいクロアチアの少女たちをパチリ。

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☆ザダール考古学博物館 Archaeological Museum

 3階建ての建物の1階がお目当ての中世部門(7~11世紀)の展示室になっています。時間があまりないので、焦りつつの鑑賞になってしまいましたが、なかではプレ・ロマネスクの浅浮彫りの銘板はランゴバルド美術に通じるものがあり、興味深かったです。

↓ Prince Branimir’s(879~892)の破風型仕切り壁。ブラニマーはクロアチアが初めて独立国家としてローマ教皇に承認されたときの、クロアチア公。銘文入りの記念碑?ザダールの北のNINで発見。

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↓同じくPrince Branimirの名の入ったラントウの破片。スピリット近くで発見。

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↓ 聖ドミニカ教会(ザダール)旧蔵の銘板(祭壇障壁)。左から受胎告知~ご訪問~降誕~東方三博士。11世紀初め98×235

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↓ 上の部分(キリストの降誕)

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↓聖ドミニカ教会(ザダール)旧蔵の銘板。左から嬰児虐殺~エジプトへの逃避~洗礼(部分)98×183

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↓戦士のイメージのプルタウス(冥界の王プルトー?)の断片

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↓聖ローレンス教会(ザダール)旧蔵銘板。11世紀。上段左「受胎告知部分」~「ご訪問」~「降誕」下段は馬に乗るマギたち。撮ってきた写真が不鮮明のため、参考書からスキャンしました。

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↓ 石棺(8世紀)ザダールの大聖堂にあったもの。側面は連続アーチに十字架やロゼッタ模様を挟み込んで彫られ、蓋にも十字架や植物の装飾で埋められています。クロアチアにキリスト教が広まったころのもの。

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↓グレゴリーのチボリウム Proconsul Grgur's Ciborium 11世紀初め  (134×204)韻を踏む碑文を伴い、写真でははっきりしませんが上部に孔雀、獅子、グリフォンなどが彫られています。グレゴリーは当時ザダール近辺を統治していた人物。彫は聖ドミニカ教会に残るレリーフと似ているので、同じ工房の作と考えられています。

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↓プレ・ロマネスクのモチーフで埋め尽くされた銘板(Altar screen/祭壇障壁の一部)9世紀。ザダールの大聖堂にあったもの。

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 ↓ 集合時間になり、隣接の聖マリア教会・修道院&宝物館の見学はあきらめました。ザダールにはまだチェックしていた教会があったのですが・・・残念。

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 ランチをとるレストランまでシロカ通りを南東に徒歩10分くらい、旧市街の散策をしました。

↓民族学博物館のあるナロド二ィ広場

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↓ナロド二ィ広場から聖ドナトの塔の方向と逆の正門方向。

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 広場を過ぎて100mほど先に 聖シモン教会 St Simon's Basilicaがありました。オリジナルは5世紀の初期キリスト建築だった総そうですが、現在は側面に2連窓が残るのみ。

↓鐘塔下部の方形部分はロマネスク。増築部分もシンプルでいい感じ。

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↓ 肝心の2連窓の写真を撮り忘れ、NETから拝借しました。

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↓ この聖シモン教会の建つ広場は古代ローマの石柱が残り、旧市街の趣が残っています。

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↓ そして正門をくぐって海の目の前のレストラン(FOSA)へ。

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↓きりりと冷えた白ワインを数名でシェア

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メニュは3種のカルパッチョ、自家製ラビオリ、レモンクリームとチョコレートムース。ザダールでも名高い海鮮レストランだけあって、潮風も心地よく、美味しい食事を楽しみました。

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 ザダールを後にアドリア海を南下、シベニックへ。

↓ 合歓の木や夾竹桃の花が咲く海岸通りを歩き

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↓ 写真右はシベニック市立博物館(入館しませんでした)

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 そして階段を登って聖ヤコブ大聖堂へ。

☆聖ヤコブ大聖堂(世界遺産)

 15世紀から16世紀のルネッサンス様式を母体としたカテドラル。レンガや木材を一切使わずブラチ島産の石灰岩と大理石で造られています。石だけで建てられた教会建築としては世界最大級です。第二次大戦では連合軍の爆撃を受け大きな被害を被ったのですが、修復されました。

↓ 大聖堂の正面

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↓正面ファサードの大小2つの薔薇窓

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↓薔薇窓(内部から)

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↓内部は補強工事中?

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↓ 洗礼堂の天井の彫刻は見事なものです。

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↓ここの外観で特別なものは人間の顔のずらりと並んだ彫刻とのこと。

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↓ 教会に隣接する市庁舎

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 このあとは自由行動になり、旧市街の町歩きを楽しみました。

↓ 狭い路地をふらふらと・・・吊り下がった街灯や街角の彫刻など。

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↓ 聖母被昇天教会は東方正教会。内部は女性のガイドさんがいてカメラOKでした。

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↓短い自由時間でしたが、気ままに独りでそぞろ歩き、集合場所の広場へ。旧市街の中にここだけは場違いなキティちゃんのアイスクリーム屋。

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 そして、またアドリア海沿岸を南下、沿岸最大の港町スプリットへ。

↓ 峠から見えてきたスプリット

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 スプリット/アトリウムホテル 2泊

 ホテルは旧市街から離れた場所にあり、2階の私の部屋からは海も見えず・・・がっかり。

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 夕食はホテルのレストランで。野菜のクリームスープ、タラのフライ/ポテト添え、ババロアでした。


2014初夏の旅(19-1)プリトヴェッツェ~ザダール [2014初夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]

6/19(木) 午前中はザダールの観光

 昨日は一日中歩いたのもかかわらず、良い目覚めでした。お天気もこの日から太陽が輝く夏らしい日が続きました。いつものように朝食に行く前にスーツケースをドアの外へ、荷物を持ち歩かずに済むのがツアーの良いところです。

 8:00にホテルを出発し、いよいよクロアチアの内陸からアドレア海沿岸のダルマチア地方に入ります。

↓ バスの車窓から

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 ダルマチア地方で最も古い港湾都市のザダールは画家カルロ・クリヴェッリ(伊1430/35~1495))が一時ヴェネチアを逃れて滞在した街でもあり、いつかは訪れたいものと機会を狙っていました。ただ残念なことにカルロの作品は1枚もザダールには残されていません。祭壇画も依頼されなかったとは考えにくいのですが…。単体の作品はマルケに移住するときに持ち帰ったのかもしれません。それとも流浪の身では絵の具など(特に金地のための)の調達ができなかったのかもしれません。望郷の想いでアドレア海を眺めていたことだけは確かでしょう。

 ザダールの起源は紀元前9世紀迄さかのぼり、ローマ帝国の支配下を経て中世にはヴェネチア共和国と競うほどの勢力を持っていました。そのヴェネチアとの争いで第4次十字軍の襲撃を受け、13世紀にはヴェネチア共和国の支配下に入ります。

 ザダールの旧市街に見どころは集中していますので、徒歩での観光。

↓旧市街のメインストリート、シロカ通り

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↓ 狭い路地を抜けて、旧市街北西部の海岸へ向かいます。

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↓フランシスコ会修道院の回廊。現地ガイドさんは通過してしまったので、勝手に覗いてここだけ撮りました。ここは1283年の建立で、ダルマチアでは最も古いゴシック様式の教会と宝物館(12Cのロマネスク様式の十字架を収蔵)が併設されています。見学できず残念でした。

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↓ シー・オルガンやザダルの太陽と呼ばれる床が七色に光るという仕掛けなどある海岸へ出ました。北方向。

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↓ 南方向。目指すものはこちらですから、早く行きたい~!

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↓ 丸く刈られたピンクの夾竹桃

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↓ この花の名は?/追記「ランタナ」だそうです。 はるるさまから教えていただきました。

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↓ ミニトレインも走っています。

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 フォーラムと呼ばれる広場からはあちこちに教会の塔が散見されます。

↓ さきほどの聖フランシスコ修道院の鐘塔も

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↓聖ストシャ大聖堂の鐘塔

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↓左に恥の柱、聖ドナト教会の鐘塔、右に少し切れましたが、聖マリア教会の鐘塔が見えます

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↓ フォーラムにはかってローマ時代の神殿が建っていましたが、現在残るのは2本の柱だけ。恥の柱(右)と呼ばれるものは中世では軽犯罪を犯した者はこの柱に縛られて、嘲笑の的にされたそうです。

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☆聖ドナト教会 St.Donat's Church

 9世紀に建てられたプレ・ロマネスク様式の円形教会。ザダールのシンボルだけあって、突出した存在感。

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↓教会の土台はローマ時代の神殿から転用されたもの

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↓ 内部 は音響効果が高いのでコンサート会場にもなります。こういうところでバロックでも聴きたいものです。

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↓ やや馬蹄型の窓が良い雰囲気

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↓青空に美しく映える聖ドナト教会

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↓ 聖ドナト教会の前には緑の広場があり、ローマ時代の柱頭などが置かれています。

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↓ 聖ドナト教会の鐘塔側からメインの通りへ出て聖ストシャ大聖堂へ向かいます

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☆ 聖ストシャ大聖堂 St.Anastasija Cathedral

 12世紀に建てられたロマネスク様式の大聖堂。正面ファサードはイタリアのピサ様式の影響がみられます。1202年の第4次十字軍の攻撃や第2次大戦の連合軍の爆撃など大きな被害がありまましたが、その都度修復されてきました。

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↓ 大小の2つのシンプルな薔薇窓も素敵です。

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↓左の扉口

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↓ タンパンに「神の子羊」@ザダール(クロアチア)

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↓ 中央扉口 タンパンに聖母子と2人の聖人

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↓ 右扉口 こちらにも神の子羊がいました。

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↓ 内部は入り口からの撮影だけ許可されます。3廊式、大アーケード+トリビューン+クリアストーリーの三層からなり、正面内陣にキボリウム。洗礼盤も撮影できませんでした。

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 見学が終わり、この後は30分ほどの自由時間になりました。走るようにして聖ドナト教会の向かいに建つ考古学博物館へ急ぎました。

続きます~。


2014初夏の旅(18)プリトヴィッツエ国立公園 [2014初夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]

6/18(水)終日プリトヴィッツエ国立公園(1979年世界遺産に登録)のハイキング。

 気になるお天気ですが、今にも雨が降りそう・・・なので雨具の用意をしました。お弁当はパン、チーズ、ハム、リンゴ、なぜかパブリカがごろんと1個。出発前にコースの説明があり、午前と午後に分けて、歩きます。友人は足が弱いので、午前中で帰った方が良いと思ったのですが、杖をつかれながら歩く方も参加されていましたので、結局はその方も含めて全員頑張って歩きとおしました。私は予想よりのんびりしたペースだったこともあり、ほぼ楽勝でした。9時出発~16:00頃帰着

 ホテルの前で準備体操のストレッチをして、徒歩でステーション2へ。園内を巡回する電気バスでステーション1へ移動。ここからロウアーレイクと呼ばれるコジャック湖から下の湖沼群を眼下に眺めながらのハイキング。アップダウンもそうきつくなく、森林と湖沼からのオゾンを胸いっぱいに吸い込んで爽快な気分でした。

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↓ 落差92mの国内最大の滝ヴェリキ・スラップ

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 コジャック湖畔の休憩所でピクニックランチ。午後は湖を遊覧船で渡りアッパーレイクを中心にハイキング。

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↓ 野生のスモークツリー

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↓ 白根葵に似てますが・・・。

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↓ 滝がベールのように流れるヴェルキ・プルシュタヴィツィ

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↓ アッパーレイクの方が人が少ないからでしょうか、アマチュアカメラマンの方たちも。

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↓ 上の男性の真似をして撮ってみました。上流なので、渦を巻く流れが面白い?

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↓野鼠たちもアッパーレイクでは人懐っこくて、傍まで来て枝を折ってお食事を始めました。カメラ目線?

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↓ 写真を撮っていると遅れ気味・・・。

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 ↓ また電気バスでホテルの近くまで戻り、クールダウンをサルサダンスが趣味の添乗員さんのご指導でぬかりなく行い、無事に終了。お陰様で翌日も足や腰の痛みも全然なくて、心地よい森林浴のせいもあり、体調は上々でした。

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 ↓ 終日青空は見えませんでしたが、雨に当たることもなく歩くには程よい気温、本当に良かったです。ビールで乾杯!チキンのスープ、仔牛の煮込み、ミックスサラダ、フルーツケーキ。この夜はさすがに疲れ果て、熟睡。


2014初夏の旅(17)ザグレブ~プリトヴィッツエ国立公園 [2014初夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]

6/17(火) ザグレブ市内観光→プリトヴィツェ国立公園 / ホテルイェゼロ2泊

 旅の中ではこの日の午前中が唯一時々小雨模様となり、傘を使いました。朝目覚めて、お天気も良くないし、お財布もなくしたし、ブルーな気持ちになりました。

↓ ザグレブの中心地イェラチッチ広場に近いホテルの部屋

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↓ 部屋から見えたのは広場ではなく、裏側のテラスカフェの並ぶ通り。

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 昨夜の夕食は×でしたが、朝食は品数も味も良く、気持ちはブルーでも食欲だけは変わらずパクパクいただきました。そして出発のロビーにぼんやり座ってましたら、添乗員さん(昨夜財布紛失の連絡済)が私の財布を持って現れました。バスの私の席に落ちていたのを今朝、運転手さんが見つけてくれたそうです。添乗員さんには私のミスのためご心配かけて、本当に申し訳なかったです。

 皆がそろったので、市内観光に出発。観光の後半は自由行動になり、ホテルには戻らず昨日のバスの駐車場に集合することになりました。

↓その駐車場の付近は昔はユダヤ人のゲットーのあったところですというガイドの説明がありました。シナゴークももう残っていません。雨のそぼ降る朝、古く陰気な建物に囲まれた一角。なにかありそう・・・ときょろきょろ。一枚のプレートが目に入りました。

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 全然読めないのですが、シナゴークは1941年に壊れた?とか書いてあります。帰国後調べてみました。クロアチアにもナチに似た民族差別の団体「ウスタシャ」があり、セルビア人は元よりユダヤ人やジプシー、更には同胞のクロアチア人の反対派を大量に逮捕。「バチカンのアウシュビッツ」と呼ばれる強制収容所に収監、虐殺。「ウスタシャ」の行動は、彼らを支援し同じく残虐行為を専門としたナチスの保安警察及び保安諜報部の特別行動部隊でさえ「衝撃的」であり、「セルビア人迫害の先鋭化が、近い将来、クロアチアを抑制の効かない不穏地域にするおそれがある」(ドイツ外務省情報局、1941年7月2日)と本国に報告される程、凄惨極まりないものであったとか。チトー亡き後の紛争の種ががここにすでに芽生えていたのです。

↓ こういうものに興味があるのは私くらいなので、ツアーの皆さんを追いかけて・・・。

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↓トラムやバスが行きかう賑やかなイェラチッチ広場

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 ここから現地ガイドさんと共に小高い丘に広がる北地区へ。

☆ 聖母被昇天大聖堂

 11世紀に司教座がおかれ、13世紀に創建されましたが、火災や大地震により破壊され、現在の外観は19世紀にネオ・ゴシック様式で再建されました。右の鐘塔は修復中。

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↓ 内部にはクロアチアの伝統的なグラゴール文字が刻まれたレリーフ。

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↓ 大聖堂前に並ぶ新旧の彫刻

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↓ 大聖堂前の広場から向かい側の細い道を降りていきます

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↓ 青空市場やカフェの風景

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↓ 街角に立つネクタイのPRの娘さん。

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 ↓ 有名なネクタイ(クラバッタ)屋さん。ネクタイはクロアチアが発祥の地なので、お土産に買われる方も。

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↓ 赤と白の市松模様は国旗の一部。この時開催されていたサッカーのワールドカップにもクロアチアは出場していました。関連のグッズ屋さん

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 旧市街の丘グラデーツ地区へ。↓石の門の手前に小さな広場がありドラゴン退治の騎士の像。

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↓石の門と内部は小さなチャペル

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↓ 聖マルコ広場へ。屋根モザイクが印象的な聖マルコ教会は国会議事堂や首相官邸に挟まれて建つ小さな教会です(内部は見学不可)。広場はまさに激動の現代史の舞台になったところ。敬虔な祈りの場であるサンマルコ教会とカソリック教徒以外はクロアチアから抹殺しようとした勢力が蠢いていた政治権力の場が隣り合っていたということです。恐ろしい~。

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↓ ロトルシュチャク塔(13世紀の見張り塔)

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↓ ここからはザグレブの街が見下ろせます。

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 緑の多い坂道を下り、元のイェラチッチ広場に戻りました。↓広場の花市場。

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 昼食までフリータイムになり、友人の買い物におつきあい。なにせお買い物好きな彼女の荷物が増えてしまって、もう一つスーツケースがなければ、袋をいくつも抱えた買い出しのおばさんスタイル。。。見ていられません。かばん屋さんをようやく見つけて中型のスーツケースを買わせました。このときのいらいらで、胃痛を起こしてしまって広場の隅で痛くて丸くなって座っていました。彼女は私にスーツケースを預け、トイレへ。自分が思っているより今までのストレスが強かったのです。体って正直なものですね。

それでも、集合時間までにはなんとか痛みも薄らぎました。バスで昼食のレストラン(GALLO)へ。閑静な高級住宅地にあるセレブ御用達のイタリアン。

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↓ツナと蛸のカルパッチョ

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↓チェリートマトサルサとモッツァレラのペンネ

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↓ 茸のサラダ

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↓マエストロパフェ

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 美味しい料理にスパークリングワインも飲んで、すっかりさきほどの胃痛も何処へやら(笑)。そして一つの決意をしました。友人のことは気にしないで、ツアーなのだから添乗員さんにお世話はお任せしましょう~。

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 ↓クロアチア国立劇場を外観だけ見て、

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 バスに戻り、プリトヴェッツェ国立公園に向かいました。ホテルに到着したのは夕方。添乗員さんからの説明では宿泊するホテルは排水の管が狭く、流れが悪いとのこと。

↓ 部屋はまあまあ広くバスタブもついています。

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 夕食はホテル内のレストランで。きのこのスープ、メルルーサ ダルマチア風付け合せ、

↓チーズシュトゥデル(パイ)。

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 今日は雨模様でしたので、明日のお天気を心配しながら就寝。お風呂はやはりお湯を落とす時に時間がかかりました。


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2014初夏の旅(16)ブレッド湖~リュブリヤーナ~ザグレブ [2014初夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]

6/16(月) リュブリヤーナ&ポストエナ鍾乳洞の観光

 ザグレブ/ホテルドブロブニク 1泊

 朝8時にブレッド湖を出発し、バスで1時間30分でポストエナの鍾乳洞入口に到着。ガイドツアーは10時からですが、またたくまに行列。アジア系の見物客が多かったのですが、なかでは中国人たちのマナーの悪いこと!鍾乳洞内はカメラ禁止なのに、何度注意されても平気でフラッシュまでたいて酷過ぎ・・・怒。

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 ↓鍾乳洞の内部にはトロッコに乗って10分ほど進みます。

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  ポストイナ鍾乳洞はヨーロッパ最大。長さ27Kの洞窟は寒いくらいでしたが、トロッコを降りてからかなり歩きましたので、寒さは感じなくて済みました。10万年ほど前からビヴカ川の水を吸収し、少しずつ石灰石が削られて、大小さまざま、いろいろな造形美が見られます。日本語オーディオガイドの案内で見学しました。最後の方にこの洞窟に棲む両生類の展示があり、

↓ 続いて唯一撮影が許可される「コンサートホール」で見学は終了。

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 バスで、スロヴェニアの首都リュブリヤーナへ向かいました。ランチはVIA BONA(イタリアン)で。

リュブリヤーナの郊外のドライブイン(いくつかの食堂の並んでいる)にある郷土料理店。ドライブインにしてはナイスなインテリア、お料理もばっちり!野菜スープ、まとう鯛のフィレ/付け合せ、パンナコッタ/ベリーソース。あら、またスープ?と思いましたが・・・。ワインは、地ビールを1杯。

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↓ 野菜たっぷりのコンソメスープ。

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↓ 蛸の薄切りののったお魚の皿。蛸はこれからもたびたび出てきますが、北海道の蛸とは違ってあまり癖がなく淡白な味、美味しい~。

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 昼食後は徒歩でリュビリヤーナ(人口28万)の旧市街の観光へ。

↓ リュブリヤーナ大学

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↓ スロヴェニア・フィルハーモニー

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↓リュブリヤーナ城は遠望しただけでしたが、麓の広場は花が飾られカフェでくつろぐ人々。

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↓リュブリャニツァ川にかかるチェヴェリャルスキ橋

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↓ 橋からフランシスコ教会の眺め

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↓橋を渡ったところに上を見ると、靴がぶら下がって…何か物語があるのですが聞きそびれ。

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 ↓市庁舎の広場でちょっぴり自由時間があり、塩やチョコレート、蜂蜜など少々ショッピング。

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↓ 市庁舎の中にも入ってみました。中庭に吊り下げられた現代アート?

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↓ 町の路地もなかなか風情があります。

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↓聖ニコライ大聖堂

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↓ 青銅の正面扉(ヨハネ・パウロ2世が描かれ、スロヴェニアにおけるキリスト教の歴史も)

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↓ 内部

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↓プレシェーレン広場には3本橋を渡ります。ピンクの建物はフランシスコ教会(17世紀)。

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↓町の中心プレシェーレン広場に面して、アールヌーボーやアールデコの建物が建っています。

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↓広場の名前にもなっているプレシェーレンはスロヴェニアの国民的詩人で、1991年のスロヴェニア独立後の国歌も彼の詩が使われています。「日が昇るところ、争いはこの世から消え、誰も自由な同胞となり~」ペンは剣より強し…といいたいところですが、現実の世界はこの理想より遥かに遠いままです。

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↓竜の銅像のある橋を見て、市場でサクランボを買い、リュブリヤーナの観光は終了。

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  一路クロアチアへ、国境を越えてザグレブのホテルに夕刻到着。写真はパスポート・コントロール。

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 夕食はホテル内のレストランで。この旅行はレストランの食事はかなり良かったのですが、ホテル内での食事はすべてあまり美味しくなかったのが残念でした。ブロッコリーのスープ、鱒シェフ風/ポテト添え(ビーフに変わっていた?)フルーツサラダ。

 そして問題発生!大きなホテルなので、スーツケースを配るのが遅く、届いたのは食事の直前でした。気温も低く、ジャケットをだしてあわてて食事に行ったため、ちらかしたままでした。食後飲み物の代金を払おうとしましたら、お財布がありません。乱雑にしたままの部屋に残してきたものとばかり・・・でもベットなど探してもないのです。バスの駐車場からホテルまで徒歩5分ほど歩いた時に落としたのか、掏られたのか・・・。現金は20ユーロくらいでしたが、カードが入っていたので、ドキドキ…不眠状態の夜を過ごしました(泣)


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